北欧には合唱王国が多い。エストニア、ラトヴィア、リトアニアのバルト3国、グリーグの祖国ノルウェイ、シベリウスやクーラを輩出したフィンランド、そして忘れてならないのが、名指揮者エリック・エリクソン祖国スウェーデンである。
エリクソンは、スウェーデン国立放送合唱団などの大規模な合唱団を指揮して有名であるが、5人組声楽アンサンブル「ザ・リアル・グループ」の演奏を通しても、祖国の民謡や愛唱歌のアレンジ作品を広く世界に紹介している。
本日演奏する曲は、20世紀前半に活躍した3人のスウェーデン人作曲家の作品であるが、そのいずれもがエリクソンのいう「スウェーデンの夏の香り」に満ちている。
「Uti var hage」(僕らの森へ)は、世界中で歌われているスウェーデン民謡で、ヒューゴ・アルヴェーン(1872-1960)の編曲作品。『さあ、行こう!ユリやバラが咲き、ブルーベリーやハーブにあふれ、愛する人が待つ森へ』と自然への愛と喜びを歌う明るい曲。
「Stemning」(雰囲気)は『夕暮れの並木道に映る菩提樹の影と、涼しくそよぐ風』を描いた小曲で、作曲家ヴィルヘルム・ペッテンション=ベリエル(1867-1942)が最も好んだ「シンプルで透明な4声」の作品。
「Gladjiens blomster」(喜びの花)の原曲は、ウップランド地方の民謡である。『喜びの花は、心の平穏に背く愛に溢れるこの世でなく、希望と信仰に満ちた天空で咲く』という難解で哲学的な詩を、アルヴェーンが美しい合唱曲に編曲している。
「Aftonen」(夕べ)はアルヴェーンの代表的な作品で、50年以上自らが団長を務めたシリアン合唱団の為に書いたもの。『澄んだ空のもと、山あいの小さな谷を子守唄のようにホルンがこだまし、夕日が静かに波間に沈んでいく』という詩が、見事な構成で描写される。
「I Fyrreskoven」(松の森の中で)デンマークの作家ヘレナ・ニーブロームの詩に、ペッテンション=ベリエルが曲を付けたもの。『赤松の森の中で楽しく歌い踊る様子』を歌った詩であるが、さざ波のように揺れる女声の中で、男声が軽やかに跳躍するリズミカルな表現が楽しい。
「Sverige」(スウェーデン)は、愛国歌コンテストの優勝曲であり第2の国歌とも称される。『我らの勇敢な祖先は、6月の砂混じりの風やクリスマスの雪の中で、手に手を取り合い敵と戦った。そしてついに母なるスウェーデンに平穏が訪れ、我らの子どもたちは地上に住むことを許された。墓石の下に眠るすべての祖先を讃えよう。』
愛国歌の作詞者ハイデンスタムは、導入部に勇壮なマーチを想定していたが、優勝作曲家ヴィルヘルム・ステーンハンマル(1871-1927)の曲は、嵐のような愛国主義ではなく、祖国への穏やかでナイーブな心情を描いたものであった。哀愁に満ちたハーモニーの中を切々と訴えるメロディーが心に残る。
本日演奏する5曲は、いずれも良く知られたものばかりである。このステージでは編曲者の個性の違いを楽しんで戴きたい。曲の構成・リズム・ハーモニーなどに、作曲者それぞれの年代的な、あるいは感性の違いが反映されていて興味深い。
各編曲者の書いた代表的な合唱曲の一部を演奏順で以下に掲載する。
アンティフォナとは、カトリックの聖務日課で歌われるグレゴリアンチャントの代表的なジャンルのひとつで、2つのグループが1節ずつ交互に歌う歌または演奏形態をいう。
13~14世紀頃には、聖務日課の中で次第に聖母賛歌が歌われるようになり、これらも同じくアンティフォナと呼ばれたが、地域や季節ごとに様々な聖母賛歌が歌われた。
1568年聖務日課の改定によりテキストは4つに整理されたが、旋律は複数のものが伝わっており、ジョスカン・デ・プレ、ラッスス、パレストリーナなどルネッサンスの巨匠たちから現代の作曲家に至るまで、世界中で多数の「聖母マリアのアンティフォナ」が書かれている。
(1)Alma Redemptoris Mater (あがない主の恵みふかい御母)
(2)Ave Regina caelorum (幸あれ 天の女王)
(3)Regina caeli (天の女王 お喜びください)
(4)Salve Regina (栄えあれ 女王)
本日初演となる4曲は、全て大竹くみ氏の創作によるオリジナル作品である。